素晴らしき製本

富士ゼロックス株式会社 シニアマネージャー 松井 孝夫様

--ほとんどのお客様は出版関連になるのでしょうか

文化産業信用組合 理事長 秋元康男様

信用組合には、地域・職域・業域をそれぞれ対象先とする3つのタイプがあります。当組合は業域タイプで、「オール出版」を対象先とする唯一の存在で、2017年には創業65周年を迎えています。

「本の街」と言われる東京・神田神保町に本店があり、営業基盤の95%以上は出版関連です。具体的なお客様は、出版がメインで、印刷・製本から取次や書店など。日本の出版業の9割近くが東京にあるので、営業区域は都内中心ですが、近年印刷・製本会社の埼玉への移転が増えていることへの対応のため、2016年に営業区域を埼玉県まで拡大しました。

お客様の多くは法人とそこに所属する役職員の方々です。店頭に一般のお客様がどんどん来るような金融機関ではなく、それだけに知名度はもう一つ。今回のインタビューで、少しでも製本業の皆さんにPRになればと思っています。

--専門金融機関として、業界をどうご覧になっていますか

出版業界といっても出版社から小売書店まで、それぞれの業界で抱える問題は異なるから一括りでは表せませんね。

出版界でも、出版しているジャンルによって問題・課題は違っています。例えば雑誌やコミックに特化しているところは電子媒体に替わられたり、海賊版に侵食されて大変です。雑誌、コミックが「売れない」となると一番問題なのが取次で、毎週・毎月発行される雑誌を中心に貨物輸送が成立していたのが、部数減で配送頻度が落ちると配送に便乗していた書籍関係の輸送コストが問題となります。うまく配送するために今まで以上にかかるお金を誰がどう負担するか、といった問題があります。また、消費税対応、デジタル化の進行に伴う版権問題への対応など、問題山積みです。

しかし、「売れない」とばかりも言っていてもしょうがない。売れる本も沢山あって、売れる本屋さんはそれなりに売れている。ただ売れる期間がどんどん短くなっているし、ハウツーものが多いので賞味期限も短くなっている。部数はそれほど伸びないので、点数を沢山出して稼がないといけないが、返品となって戻る在庫が大きな問題であり、出版界自身も当然それに気付いています。

この影響を受けているのが印刷・製本関係。印刷業界では繁閑差が大きくなると出版だけに頼っていられず商業印刷へ行く、あるいは製版会社はデジタル化やグラフィック化に動く。さらに、一番問題なのが製本関係で、紙の出版部数減の影響大であり、特に並製本の会社は雑誌関係がなくなっていくので厳しい……。

このように業界が変動している時ですから、当組合だけが順風ということはあり得ないのですが、やはり業界に特化した組合として、紙媒体中心の業界をお客様としてやっていくのは今のところ変わりません。私が当組合内でよく言っているのは、どの業種業界でも、本当の(一番末端にいる)お客様は誰なのかをもっと考えようということです。例えば、金融機関の本部職員でも、ウチに預金・借入をされている方々を常に意識して行動することが大切です。

出版社も、取次の顔色をうかがうと同じように、末端のお客様(読者)の顔色をちゃんとうかがって「どうマーケティングして、どうつくっていくか」でしょう。書店も同じで、取次に「これしか来ない」と言う前に、自分で分析して「この地区だったら、こういう商売をしたいからこの本を欲しい」と動く。製本界も同様で、版元・出版社の社長さん、あるいは出版社の編集・営業さんなど第一線の人達といかに交わり、読者が求めているものを、もっと身近に知って製本することが必要なのではないでしょうか。

いずれにしろ、どれも簡単にできることではない、しかし、関係する各業界で危機感を同じように持って、やって行けたら、少しずつ強くなるのではないでしょうか。もちろん、製本業は、基本的に受注産業なので競争もあり、受注するため金額のたたき合いが起きたりしています。しかし、「安売りに負けない、陥らないためにはどうしよう」と常に考えていかないと、結局、安売りするしかないということになってしまいます。

--紙というか、本の世界についてどうお思いですか

金融機関は完全に紙の文化です(笑)。反芻して吟味していくような仕事は、どうしてもデジタルになりにくい。もう検索や分析はデジタルにかなわないけれど、それを使って判断作業をするとなると、一回紙にどうしても落としたい。本も、ダーッと流して済むものは電子媒体でいい。1回読んで終わりでなく繰り返し何かしたいとなると紙媒体が欲しい。例えばいろいろなクルマを比較したコメントを得るならデジタルが便利、でもクルマの細かいデータを比較して検討するとなると、どうしても紙のカタログが欲しくなります。

私自身、本は読みますね。もう乱読ですが、でも商売柄、好きな本や思い出の本などは言わないようにしていますが…(笑)。お客様が出版関連なので話題の本はもちろん、金融界の動向、世界的な潮流などさまざまで、ジャンルを限りません。流行り本も読むし、純文学も恋愛小説も、手当たり次第。月に10冊程読みますか。最近あらためて読んでいるが昔の純文学。三島由紀夫とか川端康成とか。ああいう人の文章って、飛び抜けていいですね、

本の世界はこの先、デジタル世代の子供が大きくなるとどうなるかと心配されているが、この手の事は意外と消費者の方が賢いと思うので、必要なものが必要に応じて残っていくと思います。デジタル化の影響ってさまざま。色彩感覚なども含め、年代によって受ける感覚が違う。歌舞伎など伝統の芸能がある一方で、アングラ的な大衆芸能もあり、見る人は、あっちもこっちもいいと言う――これは何事でも同じでしょう。だから、いたずらに「こっちに特化しなさい」ではなく「こっちの得意な人は、こっちをやったらいい」と言いたい。

我々の業界にしても~とくに製本業などは~生き残り策として、並製本、上製本と同時に、意匠づくりなど付加価値を如何につけた製品を生み出すかも課題でしょう。特許や商標の"たぐい"をもっと提案すべきだと思います。自分達で自分達だけの価値を高めるには、どんな手段があるのか。言葉を代えるなら、安いものと高いものとのメリハリをつけていく事だと思います。実際、ウチのお客様でも、ペタッと平らに開く本(広開本)で特許を取っている事例もあります。

--あらためてデジタル化の影響についてお聞かせください

文化産業信用組合 理事長 秋元康男様

本屋さんに行けば、例えば魚といったら、魚を食べる料理本から養殖、生態、釣りなど多彩なジャンルな本が並んでいて、探していたもの以外でも自然といろんなことがわかる。だけど、デジタル世代は、魚といっても例えばイカの調理の仕方など、いま必要な項目しか見ない。デジタルは、検索したものだけ、関心があるものだけが分かれば良く大変便利です。これが当たり前だと若い人達が思い始めてしまうと、関心がないものは絶対に触れることがなくなる。非常に怖いですね。今の若い人達は、新聞もテレビも見なかったりで、自分が欲しい情報しか調べずに友達とつきあっている。そうすると「類は友を呼ぶ」となって、とても狭い世界になる。ある人が「日本人の識字率100%の時代は終わった」と言っているが、確かに電子媒体ばかりだと、字も書けなくなり、そのうち読めなくなってしまうかも……。

小学校の電子辞書化が進んで、あれこれ言われているようですね。しかし、小学生のうちは結構みんな本に親しんでいる。それが中学に入ると俄然なくなってしまう。幼児を対象とした本、小学校の中学年くらいまでを対象とした本は沢山出ている。一方、小学校の高学年から中学生に読ませる本は少なく、14歳くらいからいきなり大人の本になる。そうなると読める子と読めない子が出てくる。中学生向きの本とか、高校1・2年生向きの本とか、無理にでもつくってしまったらいい。今は課題図書中心ですから。

世代別として、最も多感な時期にふさわしいよい本がないのは、業界が売れないと思い込んでいるからでしょう。中学・高校生くらい~受験に入る前~高校1・2年生くらいの人達が読書に親しむと、実は大人になっても本を読むんです。この年代の読書が抜けると、大人になっても読まなくなり、年に1冊も読まない大学生がさらに増えてしまいそうです。衣服業界でも工夫をしている。持って歩くことがトレンドとなるようなカッコいい本を作れないでしょうか。

--厳しい状況を打破して、業界が成長していくには?

文化産業信用組合 理事長 秋元康男様

出版業や印刷業は、二世も含めて社長の顔が結構わかりますが、製本業は、今の社長の顔はわかるが、二世の顔がなかなか見えにくい。製本業の二世会もありますが、私達が出向いてもそういう人達と会うことが少ないですね。

中小の版元さんの場合、自分で考え、自分で企画し、編集は「あの人(著者)に任せてみよう、こんな筋書きと体裁で」とある程度クリエイティブに動く。しかし、製本業では完全受注生産になってしまって、提案営業を伴わない注文聞き営業のようになる。で、クリエイティブな仕事が減っていき、注文をとってくる営業力と職人力と技術力に頼りきるところが多分にある。親父さん達にしてみたら、職人的な力がない若手は頼りにならないのでしょう。

でも、私たち金融界から見ると、実は逆。若い人達のアタマの中には「この会社をどうしよう、自分達でどう変えよう」というのがあるが、親父さん達に抑え込まれているように感じている――ここは親父さん達に脱皮して欲しいところです。自分達がアイデアを出して「こういうものをつくってください、つくったらどうですか」と版元に言って、アイデア段階から入って装丁だ何だと子供達こそできるのだということを、親父さん達にもっと感じていただきたいですね。

この業界は「みんなでつくりあげていく」という意識がないと、本当の意味では復活しないと思います。出版界も印刷界も製本業からみればお客様ですから、もっとお客様に提案したり、業界相互で交流があったりしていいわけです。われわれも接着剤になることは厭わないし、うまく私どもを使って欲しいと思っています。

製本業も、出版需要が減少している影響を受けて企業数が減っていく可能性はあるでしょうが、技術を残すことも大切だし、何より若い人が来なくなる産業は間違いなく衰退してしまいます。若い人に、この業界を面白いと思って貰うようにするのは、今いる人達です。そのために、ウチの資金をみんなで業界の中で使って欲しいと思います。

--本日はありがとうございました。