素晴らしき製本

第6回インタビュー 経済産業副大臣 松島 みどり 様
経済産業副大臣 松島 みどり 様

--新聞記者をご経験の後、政治の世界に入られたとお聞きしていますが。

大学卒業後約15年間、朝日新聞の記者をつとめ、その後政治の世界に入りました。その意味では、まさに紙の世界の住人です。子供の頃の夢は小説家で、典型的な文学少女でした。今も、文字を読むのは、紙でないと納得しない。

もちろんパソコンは使っています。しかし、読んだり考えたりするのは紙。メールをもらっても、必ず「印刷してね」と秘書に頼みます。"印刷してはじめて頭に入る人間"なのです。

例えば新聞の切り抜きも、とても重要です。よく新聞記事の要約を役所がまとめて持ってきますが、やはり、新聞自体の雰囲気が伝わらない。

切り抜きというのは、まさに切り抜きでないとダメで、要約データは却下です。新聞記者でしたから、同じ発表原稿でも、各紙で書き方や見出しが違うし、掲載面の方針も違う、その感じが伝わってこないと理解不十分なのです。

一般の本を読むときも同様です。夜、本を読んでからでないと寝る気になれない人間で、実はこの取材で思い出の本の話が出るかもしれないので、浅田次郎さんの『終わらざる夏』上下を昨夜から読み返し、その結果、今日は睡眠不足です(笑)。

そんなわけで、私自身、電子書籍とか電子媒体とか言われても、それは本とはまた別物です。さらに、好みを言うなら、文庫ではなく、きちんとしたハードカバーで読みたいんですよね。

--仕事を通して、何か本にまつわるエピソードなどありますか?

先日、資源外交で中東のアブダビに行く際に、現地の日本人学校に何を差し入れしようかと考え、日本語の本にしました。小さい子が大好きな働くクルマの絵本、私の地元、墨田区の「東京スカイツリーができるまで」というカラー写真の本、あとは自分の好みでもありますが、かつて涙を流しながら読んだ『ごんぎつね』と、『フランダースの犬』を小学生向けに。上級生向けには、幸田真音さんの『天佑なり』。これは最近読んで感心した本で、二・二六事件で倒れた高橋是清の人生を描いたもので。高橋是清は我が省が所管している特許庁の初代長官でもあります。それからもうひとつ、漫画で『ベルサイユのばら』を全巻、持っていきました。余談ですが今年、「ベルばら」は別冊マーガレットで新しいエピソードが掲載されたんですが、その時は恥ずかしかったですが何十年ぶりかで書店に「別マ」を買いに行きましたよ(笑)。

外国にいても、日本人である証として、日本語を読むのは大事なことだと思うんです。ですから今回のおみやげには、海外ではなかなか手に入れるのが難しい、日本語の本を贈ることにしたのです。やはり電子ではなく紙の本がいいと思いまして。

--本がお好きということで、やはり、書体とかレイアウトなども気になりますか。

印刷や本の魅力は、文章の組み方や字体にもあります。知人の中には、二段組みの本は読まないという人もいたりする。私は、ほど良く白の部分があると美しくて読みやすい。でも、白地が多過ぎると「ああ、安直に本をつくっている」とバレバレですね(笑)。あとカバーとか、帯とか、どこまでこだわるかは別にして、本にはいろいろ感じるものがあります。

当然、自宅には本があふれています。独身の時から部屋は本の山でした。ところがこの間、仕事でインテリアショーに行った際、30代独身女性を想定した部屋のモデルには、本棚がありませんでした。確かに本を読まない人は、狭い部屋でも住めていいでしょうけれど、これは私には信じられない。最近は、固定電話もないし、新聞も取らないという人が増えているようで、少々心配です。

--ずっと子供の頃から活字が好きなご様子ですが、好きな本についてお聞かせください。

私は自分を歴史屋だと思っているので、読むのは浅田次郎さんとか、私の地元の日暮里出身の吉村昭さんが多いですね。浅田次郎さんの『終わらざる夏』は涙なしでは読めませんよ。是非読んでください。あと好きな本でいうと福田和也さんの『昭和天皇』シリーズ。私は特に近現代史が好きで、その類の本はかなり読みこなしたつもりでいたのですが、知らなかったことがたくさんあって、福田和也さんはすごい人だと思いましたね。

--経済産業副大臣としてお忙しい今でも、たくさんお読みになっているのですね。

経済産業副大臣 松島 みどり 様

ええ、睡眠不足の元になりますけどね(笑) 仕事絡みでいうと、常に手元に置いているのは世界地図。役職に就くと必ず部屋に大きな世界地図も掛けさせます。

外務大臣政務官のときは、当然のように部屋に世界地図がありました。国土交通副大臣の時には、海外の観光大臣などが来た時に、その国の地図の前で握手をして撮影するために世界地図を調達してもらいました。日本語でも地図でご自分の国は分かりますから。経済産業副大臣就任後、各国の通商担当やエネルギー担当の大臣、さらに首相級の方を迎えることも多く、南スーダンの入っている最新の地図を壁にかけています。

もうひとつ、家に置いているのは、『もう一度読む山川日本史』『もう一度読む山川世界史』。奈良などの寺社巡りが好きでよく行くのですが、行く前にその時代の項目を読んで、頭に入れ直します。様々な国の方にお会いする前には、外務省でまとめた資料もあるのですが、世界史の本を読み返します。

--紙の本にこだわる理由はなんでしょうか?

書物のある部分だけを表示することによる、情報の"ぶつ切り"がよくないと私は思っています。必ず全体を見渡せなければならないと思うんです。一覧性、それが電子書籍は弱い。繰り返しますが、ある部分だけを取り出して見るというのでは無意味です。私の本の読み方も、正しくないかもしれないけれど、最後が気になって、最後まで行って、また引き返して読んだりするのですが、それも受け止めてくれる本の包容力というか存在感が大事なんです。

それから電子書籍だけではなく、ネットなどで怖いのは、著作権の管理。著者の権利を守ることはとても重要ですが、電子になるとなかなか難しいですね。文学も音楽もそうですが、それを生み出すためにどれだけの思い、労力、時間を要しているかが、きちんと理解されないといけません。

また、公務員を含めてネット失言なども増えています。ネットで流れることは、公的なものではなく、自分のつぶやきみたいなものと思い込み、つい過激にしないと伝わらないと思って、それで失敗する人が多いのです。一方、原稿を書いて、印刷して人に渡すとなったら、それはやはり、もうちょっと注意深くなると思うのです。そういった意味で、電子よりも紙で残すことには責任が生じるという意識が働くのでしょうね。無意識のうちに。

でも一方で、今まで若い人は文章を書くのが嫌いだったけれど、メールとかネット社会になって、たくさん書くというか打つようになり、好きになったという事実もあるので、日本文化にとって、プラスなのかマイナスなのか、悩んでしまうところもありますね。

--東京は出版社が集中しているので、出版の仕事もあり、印刷会社からの製本の仕事もある。
地方は出版がないので印刷会社の仕事しかない。
そんな中で、どう製本の付加価値を高めるかというのも課題なんですが。

製本は、ある意味、東京の地場産業ですよね。地元なのでよく製本機械のあの音を聞いています。比較的、小規模企業という印象です。

製本の価値といえば、飛び出す絵本ではないけれど、そういう紙ならではの造形的な価値を出すことはできないものでしょうか。素人ですみませんが、立体的な高さ感とか、何かが出るようなもので、せめて残れないかと思いますね。

きれいな装丁の本もいいですね。私は高校時代、与謝野晶子や石川啄木が大好きで、学生にとっては高価なものでしたが、きれいな装丁本を復刻版で買って、今でも宝物として大事にしています。

--学校などで電子辞書も問題になっていますよね。

そう。特に辞書なんていうのは、全体を見ながら、これは似たもの、近い言葉はこうで、ではあの言葉はどう書いてある?と広がっていくことが非常に大事だと思うのです。

副大臣に就任して6日後に、京都の国際会議で省エネルギー、新エネルギーについて英語でスピーチしなければならなくなり、「英和辞典を久しぶりに買い直す」と言ったら、みんな当然電子辞書だと思ったようで、「書店に急いで注文してほしい」と頼んだら、私の同世代も含めて半分ぐらいが「えっ?」という感じだったんです。私はやはり辞書も紙でなくてはならないと思っているので、みんなもそうかと思っていたのですが、違うようですね。

辞書だけでなく、学校の教科書が電子化されると、紙がなくなって、タブレットひとつに全部入ってしまう。子供はそれだけ持って学校へ行く、という話もあるけれど、どうなってしまうのだろうと心配です。視力が悪くなったり、猫背になったり、想像力や体力が落ちたりしないでしょうかと。

--本好きのおひとりとして、この先何かやりたいことはありませんか。

経済産業副大臣 松島 みどり 様

将来、時間ができたらやりたい夢があります。

ひとつは子供たちへの読み聞かせ。もちろん紙の本で。子供たちや目の見えない方など福祉の分野でのボランティアです。

もうひとつは、小学校のころに読んだ『平家物語』とか『レ・ミゼラブル』、山本有三の『路傍の石』とか、昔読んだシリーズなどを再読すること。ませていて読んだ山本有三の『女の一生』など、それぞれの年齢で読んだものを、ゆっくり全部読み返したいです。おそらく当時と今とでは受け取り方、感じ方が違うと思うんですよね。これももちろん電子ではなく、紙の本で読みますよ(笑)。


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