素晴らしき製本

第10回 日書連会長 船坂 良雄様

--会長としての活動、現在の書店の状況などをお聞かせください。

会長になって3年になりますが、全国のいろんな書店や出版社の方々にお会いできるのがうれしいです。会員組合の総会への出席などで結構忙しいですね。出版社と取次との取引が主になり、印刷・製本の業界とはそれほどおつきあいする機会はありませんが、本を取り扱う者にとってとても重要な存在と感じています。

今私たちが一番危惧しているのは、売上低下による経営難などで、本屋が減っていることです。全国の書店数のピークは1980年代後半で約25,000店(うち日書連加盟組合の所属員が約13,000店)。それが今は約14,000店となり、日書連加盟組合の所属員も4,000店を切っています。新刊書店が1店もない市町村も、全自治体の20%に当たる332もあります。

地域性で言うなら、東京の書店は、ある程度は本が売れるが、地代などの経費が高いので厳しい。一方、地方の書店は、坪単価は安いが、本の購入率が低いので厳しい。さらに、地方はクルマ社会で、書店も配達が主になります。学校、役所、会社、個人宅へ、週刊誌1冊でも届けたりします。高齢化社会で一人暮らしのお年寄りも多いので、総菜の手配など配達に付加価値を付けたらどうかと、会員組合の総会で提案したこともありますが、手間がかかり過ぎて難しいようです。

売上低下の原因は、やはり個人消費の落ち込みです。「書籍というのは嗜好品」ですから、自分が使えるお金が減った分だけ本を買わなくなります。図書館の貸出問題もあります。図書館がベストセラー本などを大量購入して貸し出すので、個人で買わず、図書館から半年待ちで借りたりするのです。さらに万引問題も大きい。売上の1%程度は万引されているとも言われています。店を出るまで万引にならないなど法律的な立証の難しさや防止のための経費負担などもあって困っています。

基本的に本が売れていないから、ほとんどの書店は切り詰めてギリギリでやっていると思います。大手書店チェーンにしても、トータルでプラスならいいという考え方ではないでしょうか。

ところで、Amazonが'15年6月、発売から一定期間経った出版社6社の書籍の値下げを進めましたが(「時限再版」と言います)、これに抗議して一部書店が、6社の本を書棚からはずす騒ぎがありました。いろいろ議論がありますが、ここにも日本の書店業界の販売力が落ち込んでいる事実があります。ネット書店の売上が伸び、もっと全国の書店が減少すれば、もっとネット書店の発言力が増すでしょう。しかし、それでいいのでしょうか。

--「読書離れ」とも言われているようですがどうなのでしょう

日書連会長 船坂 良雄様

私はそうは思いません。「本を読む形態が変わってきているのだ」と思います。 例えば、今のお父さん世代では、お子さんの自立に伴う子供部屋などのプチリニューアルが増加中で、釣りなど趣味の部屋にしたり書斎にしたりしています。読み終わった本は増え続けるものなので、奥様に邪魔と言われて新古書店へ持ち込み、その代金で次の本を買う。あるいは、単行本は高いので、文庫本化を待ったり、図書館で借りて読む。さらに、ポイントがつくネット書店で購入するなど…読書スタイルというものが、いろいろ変わってきています。

今後、本の販売形態も変わってくると思います。例えば'今年 9月、紀伊國屋書店が、ネット書店対策として、村上春樹さんの初版本の9割を出版社から直接買い取り、自社販売及び他書店に供給しました。我々書店が本を買い取って売って行こうという趣旨には賛成なので、東京都の書店組合でも加盟店に「取次でも、書店組合でも受け付けるので注文してください」とFAXしました。

こうした本の買い取りは今後も展開されると思います。ただ、今回は売れると分かっている著者の初版だからいいのですが、どんな本を選ぶかが難しい。まだ日本は、本の「買い切り制」に慣れていません。取次を通して出版社に返品できる「委託制度」にすっかり馴染んで来ましたから。

現在、「時限再販」や「部分再販」など、弾力的な運用というかたちも視野に入れて、いろいろ議論しているところです。値付け権をもつ出版社が、限定的に価格表示を外せば、書店は自由に値付けして販売できるのですが、まだ難しい面がある。とにかく一般読者は、安い本を求めています。消費者庁や公正取引委員会なども「消費者に喜ばれる企画を、もっと積極的に書店も業界も提案して欲しい」と言っています。

--本の価格を抑えることは難しいことでしょうか

私は、中身の伴っている本なら、決して高いものではないと思っています。装丁とか、紙質とか、デザインとか…いろいろな人の手が掛かって1冊の本が出来上がります。また、著者の印税もあります。実際、出版社は初版では採算が合わず、重版してやっと元がとれる状況でしょう。しかも、取次から出版社への支払いは半年後なので、早く次を出版していく必要もあり、出版社も厳しい資金繰りだと思います。

また、約3,500社ある出版社の本すべてを、取次なしで全国津々浦々まで配りきるのは難しい現実もあります。例えば、全国統一の同時発売をめざしていますが、地方の書店では週刊誌発売が4~5日遅れます。少しでも早く見たいのが読者心理です。以前よりは改善されてはいますが今後の課題です。

ところで、雑誌と付録は別々で取次から書店へ来るので、我々は手作業でセットしますが、手数料なしです。「付録の入った完成品」が一番良いのですが、コスト増や時間増という問題もあって難しい。ただ、コミックへのフィルムパックは、一部出版社で実施されています。

いずれにしろ、書店の状況を理解してもらわないといけないと思います。出版社も取次もそれぞれ事情や問題があるので、お互いできるところからやっていきましょうというのが、私共のスタンスです。我々は、出版社から本を預かって販売しています。出版社から製本、装丁から何から何まで全部繋がっていて、そうしてできるのが本です。川上(出版社)・川中(取次)・川下(書店)を「三位一体」と言いますが、私は「一心同体」と表現したい。そうでないと、この状況を乗り切ることはできません。

--電子書籍の普及が急速に進んできていますが

日書連会長 船坂 良雄様

つい最近も教科書の電子化の流れが新聞報道されました。おそらく後4~5年でかなり教育現場の電子化が進むでしょう。

私はあえて機械と言いますが、PCやスマホなど機械の便利さも重要ですし、使いこなせれば豊富な情報が得られます。だからこそ、紙の良さを、もっとわかってもらう必要があります。昔からある紙だから、慣れて当たり前になっている。機械は目新しいから、次から次へと内容が変わって便利になる。しかし、紙の場合は変わらないから、紙の良さを積極的にわかってもらえるようにしなければなりません。

紙は、子供にとって、脳の活性化に繋がるそうです。坂井邦嘉・東京大学院教授の『脳を創る読書』(実業之日本社)によれば、テレビなどは一方的に入ってきて脳に対する活性化はない。本は、何気なく文字を見ているが、脳の中は非常に活性化している。子供は10~15年後にそれが出てくるそうです。新聞を読む、辞書で調べる、本を読む…それが脳の活性化に繋がることを、もっと親御さんは考えて実践すべきだと思います。親御さんから認識を改めないと、紙の文化はもっと衰退します。機械の便利さに取って変わられてはいけないのです。

--若い書店経営者などが、新しい店づくりを進めているそうですが

かつての書店は、入社したりアルバイトで修行して、独立して暖簾分けができました。しかし、今は息子・娘に継いでもらいたくても先行き厳しく、自分の代で畳まざるを得ない状況です。日書連でも、お店を潰さないために、例えば他社がサポートするなどの対策を検討しています。

一方では、若い後継者による新しい感覚の書店づくりも盛んです。店内に特産物コーナーを設けたり、文房具コーナー、あるいはブックカフェと言われるコーヒーショップを併設したり、というスタイルです。しかし、私はブックカフェなどには賛成できません。買った本をカフェで読むぶんにはいいですが、書棚から本を持ってきて読むのは感心しない。ある書店で、買った本にコーヒーのシミがあるとクレームがあったこともあります。

また、書店経営は、資金力があれば続けられますが、趣味だけではやっていけません。好きな分野の本に絞ったりすると、一部の人が集まるだけで、商売としては成立しにくい。自宅で自分だけで行う書店なら、家賃も人件費もないので、趣味でやるのもいいでしょう。例えば、最近はお酒も飲める会員制の書店などもあります。今までのように本がメインと考えずに、半々というか、飲んで食べて読んで、といった新しいスタイルです。

--書店経営者としてのお話をいただけませんか

日書連会長 船坂 良雄様

私は、渋谷にある書店の3代目経営者です。「本のデパート」として専門書を中心に揃え、いい時もありましたが、消費税の影響も大きく、特に8%以降は良くないですね。私の店は出版部門を持ち、『年間1000冊以上の読書を楽しむ本のソムリエ団長の読書教室』などを発刊し、お店に著者を呼んで講演やセミナーなども開催しています。

書店というのは小宇宙です。いろんな本や世界があり、本好きにはたまらない。よく「お客さんが棚につく」と言いますが、自分の好きな本が棚に並んでいると読者はうれしいのです。一方で、配本される新刊を漫然と棚に並べるだけの書店は、残念ながら棚の魅力には欠けている。どこも同じ、金太郎飴書店と呼ばれる理由です。

本というものは、隅から隅まで読めるので、機械と違って本当にいい。新聞も隅から隅まで読めて、必要なら切り抜きもできるし、まとめて読める……情報として紙の活字は、すべて活用できるのです。教科書などが電子になりつつある時代ですが、紙の良さ、機械の良さ、それぞれの取り扱い方を理解してもらえたらいいですね。最初から紙はなしで、機械だけで行くのは困ると思います。機械を否定しているわけはなく、機械と紙の両方の良さを分かった上で使いこなせるのがいい。

我々書店も、もっと紙=本の良さを発信していけなければならないし、もっと努力が必要だと思っています。